注意・ひぐらしのなく頃にのネタバレに近い内容が書かれているかもしれません。ヤンデレという言葉がどれほど知名度があるのかよく解りませんが、私が知ったのは今年の5月頃でしょうか。
ひぐらしのなく頃に 皆殺し編の感想を書いた記事で竜宮レナの属性について考えを馳せたのですが、サッパリ思い浮かばず、しばらくの間悶々としていた時期がありました。
その頃に、2chのどこかのスレ(たぶん角煮なんでしょうけど。なんでそんな所を見ていたのかなんてのは聞いちゃいけません。)で、レナ=ヤンデレという図式を見たのが、私のヤンデレという言葉との初遭遇、だと思います。
当然初見でヤンデレの意味も解るはずがなく、検索してみたのですが。ネットって便利ですよね。
wikiより転載
概要
厳密な精神医学理論の背景があるわけではなく、格段の医療知識に基づかないユーザー側のヒロイン分析法であることに注意。ツンデレとは違い、「病んでいる」「デレている」間の変化の意味はなく、愛情に相反して攻撃的な行動を取ってしまうアンビバレンス(両価性)を指す。正常な状態からヤンデレ化することを「闇化(病み化)」「黒化」などともいう 。交際相手への愛情表現の異常な度合いがファンの間で好まれる。「病的にデレている」という解釈もある。とまぁヤンデレという概念をなんとなく理解しました。
そして思ったことは、レナをヤンデレとするのはレナに対してあまりに無理解だな、って事ですね。
レナのあの性格のバックボーンには確かに病んだ精神があったけれど、レナにはデレがない事をまず言っておきたいです。
一見デレと思える圭一とのやり取りや、可愛いモードなどは、現実逃避をしたい心が生み出した幼児退行願望を投影した演技でしかないのです。
演じる自分さえ騙されてしまいたいと思えるほどの演技なのですが。騙されたいからこそ演じている演技、でもあるんですが。
私はツンデレという言葉の解釈において、その言葉の根底には純愛があると解釈しています。ツンツンするのもデレデレするのも、相手の事を心から好いているからこそ。
ところがレナのデレ部分には、相手に対する好意(は多少あるにしてもそれ)以上に自分に対する愛情、関心があるのだと思うのです。
誰からも愛されるように自分を造り、誰にでも愛情を振りまくのがレナなんです。
レナの相手は絶対に圭一でなくてはいけない、という純愛がないと思うのです。。
レナの本質、素の性格は非常に冷徹で合理的です。(そうでありながら田舎の村娘程度の知識、常識しかもたないというアンバランスさはあるが。)
レナがその本質を隠し、幼児退行のふりをするのは病んでると言えますが、本質を隠すために作り出された外部へ向ける愛情はデレ(純愛)にはなりえないんです。
ヤンデレが、愛に生き、愛のために殺人も厭わないのならば
レナは、自己愛に生き、自己愛のために殺人も厭わない、そういうキャラなのだと思うのです。
レナは自己の解釈の中に家族、仲間といった広がりを見せるため、そこまで冷徹なキャラにはなっていないんですが。むしろ博愛家だよね。
んー、私は合理的な思考ができないなぁ。文章がグダグダだ。
まぁ、とりあえず言いたいことは
レナはヤンデレではない。という事。
前提条件としてツンデレが純愛の一種であるとした場合、が付きますけどね。
ちなみにレナの属性については私なりの一応の結論は出ています。
TIPS「昼の出前メモ」よりヒントを得たのですが、レナの属性は「独善」だと思います。
それが「妹」やら「メイド」やら「ツンデレ」やらに並ぶ属性の分類になるかは解りませんがw
レナを一言で言い表すならそれが一番シックリくるような気がします。